3行で分かるこの記事のポイント
- Reddit r/MachineLearningで「Energy-Based Models(EBM)はLLMのハルシネーション問題を根本解決できるか」という議論が86ポイント・27コメントを集め、AI研究コミュニティで注目が高まっている
- Yann LeCunがMeta退社後に設立したAMI Labsが35億ドル評価額でJEPAベースの「ワールドモデル」開発に着手し、従来のautoregressiveアーキテクチャとは根本的に異なるアプローチを推進している
- Energy-Based Transformers(EBT)は既にTransformer++比で最大35%高いスケーリング効率を達成しており、「生成と検証を同一モデルで行える」という特性がハルシネーション対策の鍵になる可能性がある
2026年2月、Reddit r/MachineLearningに投稿された「[D] Is the move toward Energy-Based Models for reasoning a viable exit from the ‘hallucination’ trap of LLMs?」というディスカッションが、86ポイント・27コメントを集めて活発な議論を呼んでいる。
投稿の趣旨はシンプルだ。「現在のLLM(大規模言語モデル)は、どれだけパラメータを増やしてもハルシネーション(事実に反する情報の生成)を根絶できない。これはアーキテクチャの本質的な限界なのか。そしてEnergy-Based Models(EBM)という異なるパラダイムが、その限界を突破する出口になりうるのか」という問いかけだ。
この議論の背景には、2025年11月にMetaを退社したAIの父・Yann LeCun(ヤン・ルカン)が、35億ドル(約5,200億円)の評価額でAMI Labs(Advanced Machine Intelligence)を設立し、autoregressive LLMとは根本的に異なる「ワールドモデル」の開発に賭けているという大きな動きがある。
本記事では、この議論の核心にあるEnergy-Based Modelsの技術的な仕組みから、実際の研究成果、賛否両論、そして日本企業への実務的なインパクトまでを包括的に解説する。
目次
- なぜ今「Energy-Based Models」が注目されているのか
- LLMのハルシネーションはなぜ「根絶不可能」なのか ── autoregressive architectureの構造的欠陥
- Energy-Based Modelsとは何か ── 仕組み・JEPA・EBTを技術的に解説
- EBM vs Autoregressive Transformer ── 7つの決定的な違い
- LeCunのMeta退社とAMI Labs ── 35億ドルの「ワールドモデル」賭け
- Reddit議論に見る賛否両論 ── EBM肯定派 vs autoregressive信者
- 最新研究成果:V-JEPA 2、VL-JEPA、Energy-Based Transformers
- 日本企業への影響と今すぐ取るべきアクション
- まとめ:EBMはハルシネーション問題の「出口」となるか
なぜ今「Energy-Based Models」が注目されているのか
2026年に入り、AI業界では一つの明確なトレンドが浮上している。「LLMの限界論」から「ポストLLMのアーキテクチャ探索」への転換だ。
Duke大学が2026年1月に公開した分析記事「It’s 2026. Why Are LLMs Still Hallucinating?」は、こう指摘している。
「LLMのハルシネーションは2026年現在も未解決であり、これはバグではなく、確率的に次のトークンを選択するアーキテクチャに内在する構造的特性である」
実際、OpenAIが2025年9月に発表した論文では、次トークン予測の学習目標と現行のベンチマークが「不確実性の適切な表現」ではなく「自信を持った推測」を報酬として与えてしまうため、モデルが本質的にハッタリを学習してしまう構造が指摘された。
こうした認識が広がる中、根本的に異なるアプローチとして再注目されているのがEnergy-Based Models(EBM)だ。その注目の直接的な引き金となったのは、以下の3つの出来事である。
注目を集めた3つの出来事
1. Yann LeCunのMeta退社とAMI Labs設立(2025年11月〜12月)
チューリング賞受賞者でMetaのチーフAIサイエンティストだったLeCunが、12年間在籍したMetaを離れ、JEPA(Joint Embedding Predictive Architecture)ベースのワールドモデル開発に特化したスタートアップAMI Labsを設立。評価額35億ドル(約5,200億円)で5億ユーロ(約860億円)の資金調達を目指すという、前例のない規模の賭けに出た。
2. Energy-Based Transformers論文の衝撃(2025年7月)
Alexi Gladstoneらが発表した「Energy-Based Transformers are Scalable Learners and Thinkers」論文が、EBMベースのTransformerが従来のTransformer++比で最大35%高いスケーリング効率を達成したことを実証。推論時の「System 2 Thinking」でもTransformer++を29%上回り、学術界に大きなインパクトを与えた。
3. V-JEPA 2とVL-JEPAのリリース(2025年6月〜12月)
Meta AIが2025年6月にV-JEPA 2を、12月にVL-JEPAをリリース。特にVL-JEPAはわずか1.6Bパラメータで、より大規模な生成型VLMに匹敵する性能を達成。50%少ないパラメータ数で同等の成果を出すという効率性が、EBMアプローチの実用性を証明した。
これらの出来事が重なり、Reddit r/MachineLearningをはじめとする研究者コミュニティで「EBMは本当にLLMのハルシネーション問題からの出口になるのか」という議論が活性化しているのだ。
LLMのハルシネーションはなぜ「根絶不可能」なのか ── autoregressive architectureの構造的欠陥
EBMの意義を理解するには、まず現行のLLMがなぜハルシネーションを起こすのか、その構造的な原因を正確に把握する必要がある。
「次のトークンを当てるサイコロ」の限界
現在の主流LLM(GPT-4、Claude、Geminiなど)はすべてautoregressive(自己回帰型)アーキテクチャを採用している。これは簡潔に言えば「直前までの文脈から、次に来る単語(トークン)の確率分布を計算し、そこからサンプリングする」という仕組みだ。
LeCunはこの仕組みを繰り返し批判してきた。LinkedInでの投稿で、彼はこう断言している。
「現在のautoregressive LLMについての私の揺るぎない見解:(1) 有用だが、(2) 人間レベルの知能への道ではなく、(3) 本質的に限界がある。なぜなら、モデルは常にサイコロを振って次の単語を選んでいるため、テキストが長くなるにつれて事実からの乖離確率はゼロにならない」
ハルシネーションの4つの構造的原因
autoregressive LLMがハルシネーションを起こす原因は、単なるデータ不足やファインチューニングの問題ではない。アーキテクチャに内在する構造的な問題だ。
1. 確率的サンプリングの非ゼロ発散
autoregressive生成では、各トークン生成時にソフトマックス関数から確率的にサンプリングが行われる。1トークンあたりの「間違い」が微小であっても、長い文章を生成する過程でこの誤差は蓄積する。LeCunが指摘するように、長い会話になるほど小さなミスが積み重なり、最終的にAIがナンセンスな発言を始める原因となる。
2. 生成と検証の分離不可能性
従来のTransformerは「次のトークンを予測する」ことしかできない。自分が生成した内容が事実と整合するかを内部的に検証する仕組みを持たない。これは、文章を書くことはできるが、書いた内容を読み返して誤りを検出する能力がないことに等しい。
3. 世界モデルの不在
autoregressive LLMは言語のパターンは学習しているが、物理世界の因果関係やメンタルモデルを持っていない。「水は100度で沸騰する」という知識はテキストパターンとして保持しているが、なぜそうなるのかの物理的理解は持ち合わせていない。この結果、訓練データに含まれない状況では容易に物理法則に反する出力を生成してしまう。
4. 動的な計算資源配分の不能
従来のLLMは、すべてのトークンに対して同じ計算量(同じ数のレイヤーを通過)で処理を行う。簡単な問題も難しい問題も同じ「深さ」の思考しかできない。人間が難しい問題にはより長く考えるような動的な思考時間の配分ができないため、複雑な推論が必要な場面でハルシネーションが発生しやすくなる。
「後付けの対策」の限界
現在行われているハルシネーション対策は、大きく分けて以下のアプローチがあるが、いずれも根本的な解決には至っていない。
| 対策手法 | 効果 | 限界 |
|---|---|---|
| RAG(検索拡張生成) | 35〜60%のエラー削減 | 検索結果自体の品質に依存。推論チェーンの誤りは防げない |
| RLHF | 明らかな嘘を減少 | 「自信を持った嘘」を強化する副作用。本質的な知識の正確性は改善しない |
| Chain-of-Thought | 推論の透明性向上 | 思考連鎖自体がハルシネートする場合がある(「もっともらしい嘘の推論」) |
| マルチエージェント検証 | 相互チェックで精度向上 | 同じアーキテクチャの限界を共有。計算コスト大幅増 |
Vectaraのハルシネーション・リーダーボードによれば、2026年時点でも最先端モデルのハルシネーション率は完全なゼロには到達していない。スタンフォード大学等の研究では約15%の誤情報生成率が報告されており、これは企業の本番環境でのAI利用における最大の障壁の一つとなっている。
Energy-Based Modelsとは何か ── 仕組み・JEPA・EBTを技術的に解説
Energy-Based Models(EBM)は、機械学習の歴史の中ではむしろ古典的なアプローチに属する。しかし、LeCunのJEPAフレームワークと、2025年に発表されたEnergy-Based Transformers(EBT)の研究成果により、その可能性が大きく見直されている。
EBMの基本原理:「スコアリング」と「エネルギー最小化」
従来のautoregressive LLMが「次のトークンを直接予測する」のに対し、EBMは「入力と候補の組み合わせに対してスコア(エネルギー値)を付ける」という根本的に異なるアプローチを取る。
具体的には次のような仕組みだ。
Autoregressive LLM(従来型)の推論
- 入力テキストを受け取る
- 次のトークンの確率分布を一度の計算で算出
- その確率分布からトークンをサンプリング(「サイコロを振る」)
- 生成したトークンを入力に追加して2に戻る
問題点:各ステップでの「サイコロの目」が間違っていても、修正する仕組みがない
Energy-Based Model(EBM)の推論
- 入力テキストと「候補となる予測」のペアを受け取る
- そのペアの「適合度」をエネルギー値(スカラー)として算出 ── 低エネルギー = 高適合
- 候補の予測に対し、エネルギーを下げる方向に勾配降下法(gradient descent)で反復的に修正
- エネルギーが収束(十分に低くなる)するまで3を繰り返す
- 最終的にエネルギーが最小となる予測を出力する
利点:予測を「生成」した後に「検証」し、反復的に修正できる。難しい問題にはより多くの反復を費やせる
この違いを人間の思考に例えると、autoregressive LLMは「一度話し始めたら振り返らずに話し続ける」のに対し、EBMは「仮の答えを出してから、それが正しいかを何度も検証・修正してから最終回答を出す」という違いになる。
JEPA(Joint Embedding Predictive Architecture):LeCunの統合フレームワーク
LeCunが2022年に発表した論文「A Path Towards Autonomous Machine Intelligence」で提唱したJEPAは、EBMの考え方を実用的なアーキテクチャに落とし込んだフレームワークだ。
JEPAの核心は、「表現空間(representation space)での予測」にある。
従来の生成モデルが「ピクセル」や「トークン」といった生のデータの詳細をすべて予測しようとするのに対し、JEPAは入力をまず抽象的な表現(embedding)に変換し、その表現空間の中で予測を行う。
JEPAの構造は以下の3つのコンポーネントで構成される。
| コンポーネント | 役割 | 人間の認知との対応 |
|---|---|---|
| xエンコーダー | 観測データを抽象表現に変換 | 知覚 ── 目の前の状況を概念的に理解する |
| yエンコーダー | 予測対象を抽象表現に変換 | 期待 ── 結果がどうなるべきかの概念 |
| 予測モジュール | xの表現からyの表現を予測(潜在変数zの補助あり) | 推論 ── 原因から結果を予測する |
重要なのは、JEPAでは予測誤差がそのまま「エネルギー」として定義されている点だ。つまり、xの表現から予測したyの表現と、実際のyの表現との乖離が小さいほどエネルギーが低い(=適合度が高い)ということになる。
この設計により、JEPAは「すべてのピクセルを予測する」必要がなくなる。人間が「ボールが飛んでいく方向」は予測できるが「ボール表面の模様の一つ一つ」は予測しないのと同じように、本質的な情報のみを予測し、不要な詳細は無視できるのだ。
Energy-Based Transformers(EBT):実装と性能
2025年7月にGladstoneらが発表したEnergy-Based Transformers(EBT)は、EBMの原理をTransformerアーキテクチャに統合した画期的な研究だ。
EBTの動作原理はDeepLearning.AIの解説記事で次のように説明されている。
「従来のTransformerは次のトークンを直接予測するよう訓練されるが、Energy-Based Modelは入力テキストのスコアリング方法を学習する。EBTはスコアを割り当てることを学び、そのスコアを使って(1) エネルギーを反復的に下げることでトークンを生成し、(2) エネルギーが高いかどうかをチェックすることでトークンを検証する」
つまり、EBTは同じモデルで「生成」と「検証」の両方を実行できるのだ。これがハルシネーション対策における最大の革新点であり、autoregressive LLMとの本質的な違いとなる。
EBTの推論プロセスをもう少し詳細に見てみよう。
- 初期候補のトークン(ランダムまたはヒューリスティックな初期値)をモデルに入力
- モデルが入力コンテキストと候補トークンのペアに対し、エネルギースカラー値を出力
- このエネルギーの候補トークンに対する勾配を計算
- 勾配の方向に候補トークンを更新(エネルギーを下げる方向に修正)
- ステップ2〜4を収束するまで反復 ── 難しい問題ではより多くの反復が必要(= より長く「考える」)
- 最終的にエネルギーが十分に低い(= 入力との適合度が十分に高い)予測を出力
このプロセスにおいて、反復回数は固定ではなく動的に調整される。これは人間が簡単な質問にはすぐ答え、難しい質問にはじっくり考えるのと同じ仕組みであり、心理学でいうSystem 2 thinking(熟慮的思考)に相当する。
EBM vs Autoregressive Transformer ── 7つの決定的な違い
EBMとautoregressive Transformerの違いを体系的に整理しよう。単なる技術的差異ではなく、AIの出力品質とハルシネーション対策に直結する違いだ。
| # | 比較項目 | Autoregressive Transformer | Energy-Based Model / EBT |
|---|---|---|---|
| 1 | 予測メカニズム | 次トークンの確率分布を一度の順伝播で直接予測 | 入力と候補のペアにエネルギー(適合度スコア)を割り当て、勾配降下で反復最適化 |
| 2 | 自己検証能力 | なし(生成と検証は別モデルが必要) | 内蔵(エネルギー値で生成品質を自己評価可能) |
| 3 | 計算資源の動的配分 | 不可(全トークンに同一の計算量) | 可能(難しい問題により多くの反復ステップを費やせる) |
| 4 | スケーリング効率 | 基準 | Transformer++比で最大35%高いスケーリングレート |
| 5 | 汎化性能 | 分布外データでの性能低下が大きい | 分布外データでの性能改善がより顕著(System 2 Thinkingの効果) |
| 6 | 世界理解 | テキストパターンの統計的学習 | 表現空間での構造的予測(物理世界の因果関係をエンコード可能) |
| 7 | ハルシネーション対策 | 後付け(RAG、RLHF等で緩和) | 構造的(エネルギーベースの検証が推論に内蔵) |
特に注目すべきは「自己検証能力」の違いだ。
autoregressive LLMでは、生成した文章が事実に合っているかを確認するには、別のモデル(ファクトチェッカー)や外部データベース(RAG)を使う必要がある。これは「作家」と「編集者」を別々に雇うようなものだ。
一方、EBTでは同じモデルが「生成」と「検証」を一体的に行う。エネルギー関数がそのまま「この予測は文脈にどれだけ適合しているか」のスコアとなるため、モデル自身が自分の出力の品質を評価できるのだ。エネルギーが高い(= 適合度が低い)出力は、追加の反復ステップで修正されるか、複数の候補の中から最もエネルギーの低いものが選択される。
EBT論文の著者らはこの特性を「self-verification(自己検証)」と呼び、推論時に複数の候補を生成してそれぞれのエネルギーを比較し、最低エネルギーの予測を選択することで大幅な精度向上を実現している。
LeCunのMeta退社とAMI Labs ── 35億ドルの「ワールドモデル」賭け
Energy-Based Modelsへの注目を語るうえで、Yann LeCunの動向は避けて通れない。2025年末に起きた彼のMeta退社とAMI Labs設立は、AI業界全体の戦略的方向性に疑問を投げかける出来事だった。
なぜLeCunはMetaを去ったのか
2025年11月、TechCrunchやCNBCなど主要メディアが一斉に報じたLeCunのMeta退社。12年間(FAIR創設ディレクター5年+チーフAIサイエンティスト7年)の在籍に終止符を打った理由は、MetaのAI戦略との根本的な方向性の違いだった。
The Decoderの取材に対し、LeCunはこう語っている。
「私のような研究者に何をすべきかを指図することはできない」
具体的な対立点は、MetaのLLM一辺倒の戦略だった。ザッカーバーグは2025年にLLMに特化した新組織「Superintelligence Labs」を立ち上げ、Scale AIの創業者Alexandr Wangに数億ドル規模の契約を提示して引き抜いた。その結果、LeCunはWangの配下に置かれることになった。
MIT Technology Reviewの記事によれば、ザッカーバーグはLeCunのワールドモデル研究自体には好意的だったが、投資の優先順位としてはLLMを選んだという。LeCunにとって、これは単なる組織問題ではなく、「LLMの延長線上にAGI(汎用人工知能)がある」というシリコンバレーの主流見解そのものへの異議申し立てだった。
AMI Labs:「LLMに賭けない」スタートアップ
LeCunが2025年12月に設立を発表したAMI Labs(Advanced Machine Intelligence)の概要は以下の通りだ。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 正式名称 | Advanced Machine Intelligence Labs (AMI Labs) |
| 評価額 | 約35億ドル(約5,200億円)── 製品未発表での評価 |
| 資金調達 | 5億ユーロ(約860億円)を目標。Cathay Innovation、Greycroft、Hiro Capital等が参加 |
| 経営陣 | Executive Chairman: Yann LeCun / CEO: Alex LeBrun(Nabla共同創業者) |
| 本社 | パリ(ニューヨーク、モントリオール、シンガポール等にも拠点) |
| 技術方針 | JEPA(Joint Embedding Predictive Architecture)ベースのワールドモデル開発 |
| 掲げる目標 | 物理世界を理解し、永続的記憶を持ち、推論・計画が可能で、制御可能かつ安全なAI |
Fortune誌は「まだ製品すら出していないスタートアップが35億ドルの評価額を目指す」という事実自体が、LeCunのビジョンに対するVC界隈の期待の大きさを示していると報じている。
2026年1月のTechCrunchの追跡報道によれば、AMI Labsには元Meta FAIR、DeepMind、Google Brain出身の研究者が続々と参加しているという。これは単なる一研究者の独立ではなく、autoregressive LLMとは異なるパラダイムに賭ける組織的な動きが始まっていることを意味する。
「ワールドモデル競争」の勃発
AMI Labsの設立は、DeepMindやOpenAIなど他の主要プレイヤーにも影響を与えている。Introlの2026年分析記事「World Models Race 2026」では、LeCun、DeepMind、そしてその他のプレイヤーによるワールドモデル開発競争が本格化していることが報告されている。
この競争の本質は、「AIは言語の統計的パターンを学ぶだけで十分なのか、それとも世界の因果構造を理解する必要があるのか」という、AI研究のもっとも根本的な問いに対する答えの模索だ。
Reddit議論に見る賛否両論 ── EBM肯定派 vs autoregressive信者
Reddit r/MachineLearningでの議論は、AI研究コミュニティの生の声が反映されたものとして興味深い。86ポイント・27コメントを集めたスレッドから、主要な論点を整理しよう。
EBM肯定派の主張
「EBMは構造的にハルシネーション耐性がある」派
論点1:自己検証は後付けではなく構造的に組み込まれるべきだ
EBMでは生成と検証が一体化しているため、ハルシネーションが発生する前にエネルギー関数が「この出力はおかしい」と検出できる。RAGやRLHFのような「生成した後から直す」アプローチとは根本的に異なる。
論点2:スケーリング結果が実証している
EBT論文のデータ、バッチサイズ、パラメータ、FLOPs、深さすべてにおいてTransformer++を上回るスケーリングレートは、EBMが単なる理論的優位ではなく、実証的に優れていることを示している。
論点3:表現空間での予測は認知科学的にも正しい
人間はピクセルレベルの詳細を予測しない。JEPAが表現空間で予測を行うのは、人間の認知プロセスにより近く、これが汎化性能の向上につながっている。
論点4:動的計算資源配分はSystem 2 thinkingの実装
EBMが難しい問題により多くの反復ステップを費やせるのは、Daniel KahnemanのSystem 1/System 2思考の区別をアーキテクチャレベルで実装していることに等しい。これは現行LLMのchain-of-thoughtよりも本質的なアプローチだ。
Autoregressive信者の反論
「LLMのスケーリングとエンジニアリングで解決可能」派
反論1:LLMは推論能力を獲得しつつある
大規模LLMにChain-of-Thought(CoT)プロンプティングを組み合わせると、マルチステップ推論でも顕著な改善が見られる。o1やo3のようなモデルは「考えるLLM」として推論時間スケーリングを実現しており、アーキテクチャを変えなくても推論能力は向上している。LesWrongの「Contra LeCun on ‘Autoregressive LLMs are doomed’」という記事でも、LeCunの悲観論に対する体系的な反論が展開されている。
反論2:EBMの推論コストは実用的ではない
EBMは各トークンの生成に複数回の勾配降下ステップを必要とするため、推論コストがautoregressive LLMの数倍〜数十倍になる可能性がある。商用環境での実用性に疑問が残る。
反論3:エコシステムとインフラの問題
現在のAI業界のインフラ(GPU、最適化ライブラリ、デプロイメントツール)はすべてautoregressive transformerに最適化されている。EBMへの移行は、インフラの全面的な再構築を意味し、現実的なコストが非常に大きい。
反論4:まだ「言語」でのスケールが証明されていない
V-JEPA 2やVL-JEPAの成果は主にビジョン(画像・動画)領域での実証であり、テキスト生成における大規模な実証はまだ限定的だ。EBWMの論文でも「NLPでのスケーリングは有望だが初期段階」と認めている。GPT-4やClaudeのような数兆トークン規模での実証はこれからだ。
中間派・融合アプローチの支持者
「ハイブリッドが現実解」派
議論の中で一定の支持を集めているのが、autoregressive LLMの「生成能力」とEBMの「検証能力」を組み合わせるハイブリッドアプローチだ。
実際、2025年12月にarXivに投稿された「NRGPT: An Energy-based Alternative for GPT」は、GPTアーキテクチャにエネルギーベースの検証機構を組み込むアプローチを提案しており、「完全な移行」ではなく「段階的な統合」の道筋を示している。
また、2026年2月に発表されたDiffuTruthフレームワークは、エネルギーベースの「Semantic Energy」メトリクスを用いてハルシネーションを検出するアプローチを提案しており、既存のLLMにEBMの検証能力を後付けする方向性も研究されている。
最新研究成果:V-JEPA 2、VL-JEPA、Energy-Based Transformers
議論の理論的な側面だけでなく、すでに発表されている実証的な研究成果を具体的に見てみよう。
V-JEPA 2(2025年6月、Meta AI)
V-JEPA 2はMeta AIがリリースした12億パラメータのワールドモデルであり、JEPAアーキテクチャを動画理解と物理世界の予測に適用した成果だ。
- 訓練データ:100万時間以上のインターネット動画と画像
- 達成した性能:動作理解(motion understanding)で強力な性能、人間の行動予測(action anticipation)でSOTA(最先端)を達成
- ロボティクスへの応用:Droidデータセット(62時間のロボット操作データ)での訓練により、見知らぬ物体・環境でのゼロショットロボット計画が可能に
- タスク:リーチング(手を伸ばす)、グラスピング(掴む)、ピック・アンド・プレース(持ち上げて置く)に成功
CNBCの報道では、V-JEPA 2がロボティクスや自動運転車の開発を加速する可能性が指摘されている。従来のLLMが「言語の世界」に閉じていたのに対し、V-JEPA 2は「物理世界の理解」に踏み込んでおり、これはハルシネーション問題の根本原因の一つ(世界モデルの不在)に直接対処するアプローチだ。
VL-JEPA(2025年12月、Meta AI)
VL-JEPAは、JEPAアーキテクチャをビジョン-言語のマルチモーダル領域に拡張したモデルだ。
VL-JEPAの主要な成果
- パラメータ効率:わずか1.6Bパラメータで、InstructBLIPやQwenVLと同等の性能を達成。訓練可能パラメータ数は50%少ない
- 動画分類・検索:8つの動画分類+8つの動画検索データセットで、CLIP、SigLIP2、Perception Encoderを上回る平均性能
- 選択的デコーディング:デコーディング操作を2.85倍削減しつつ、同等の性能を維持
- マルチタスク:オープンボキャブラリー分類、テキスト-動画検索、識別型VQAをアーキテクチャ変更なしで実行可能
BDTechTalksの分析記事では、VL-JEPAが「トークンの生成から概念の予測へ」というパラダイムシフトを体現していると評価している。従来のVLMが入力を受けてトークン列を逐次的に生成するのに対し、VL-JEPAは入力のテキストを連続的な埋め込み(embedding)として予測する。これにより、不要な詳細に計算資源を浪費せず、本質的な意味の把握に集中できるのだ。
Energy-Based Transformers ── EBT(2025年7月)
EBT論文の成果は、EBMがもはや理論の段階を超えて、実際にスケーリング可能であることを証明した点で画期的だ。
| 評価軸 | Transformer++ | EBT | 改善率 |
|---|---|---|---|
| スケーリングレート(データ、パラメータ、FLOPs等) | 基準 | 最大35%高い | +35% |
| 言語タスクでのSystem 2 Thinking改善 | 基準 | 29%多い改善 | +29% |
| 分布外データでの性能 | 性能低下大 | 大幅に良好 | 顕著な改善 |
| 下流タスクでの汎化 | 基準 | 大半のタスクで上回る | 優位 |
特筆すべきは、EBTが分布外(out-of-distribution)データでより大きな改善を見せた点だ。ハルシネーションは多くの場合、モデルが訓練時に見たことのないパターンに遭遇した際に発生する。分布外データでの堅牢性の向上は、ハルシネーション低減に直結する特性だ。
また、EBTではSystem 2 Thinkingを実現する2つの推論手法が提案されている。
- より多くの勾配降下ステップ(”longer thinking”):難しい問題に対してより多くの計算を費やし、エネルギー最小化を徹底する
- 複数候補からの最低エネルギー選択(”self-verification”):複数の候補予測を生成し、最もエネルギーが低い(= 最も適合度が高い)ものを選択する
この2つの手法はいずれも推論時の追加コストを伴うが、特に正確性が求められる場面では、そのコストに見合う性能向上が得られることが実証されている。
日本企業への影響と今すぐ取るべきアクション
EBMの台頭は、日本企業のAI戦略にどのような影響を与えるのか。2026年の国内生成AI市場は1兆円を突破し、企業のAI導入率は8割を超えたとされるが、ハルシネーション問題は依然として最大のブロッカーだ。
日本市場でのハルシネーション問題の現状
日本企業にとってハルシネーション問題は、欧米以上に深刻な側面がある。
- 品質基準の厳格さ:日本のBtoB市場では「99%正確」では不十分。医療、金融、法務、製造などの領域では、1件のハルシネーションが重大なコンプライアンス違反につながりうる
- 責任所在の問題:AIの出力に誤りがあった場合の法的責任がまだ明確でないため、企業が本番環境でのLLM利用に慎重になっている
- ガートナーの予測:2027年末までにエージェント型AIプロジェクトの40%以上がコスト高騰、ビジネス価値の不明確さ、不十分なリスクコントロールを理由に中止されるとの予測がある
こうした背景から、ハルシネーション問題を構造的に解決する可能性のあるEBMは、日本企業にとって中長期的に注視すべき技術だ。
今すぐ取るべき5つのアクション
1. 現行のLLM活用は止めないが、「ハルシネーション耐性」を定量評価する
EBMが商用利用可能になるのはまだ先だ。今すぐ使えるのは従来のLLM + RAG + ガードレールの組み合わせだが、自社のユースケースでのハルシネーション率を定量的に計測する仕組みを今から構築すべきだ。将来EBMベースのモデルが登場した際に、性能比較の基準線(ベースライン)となる。
2. 「生成」と「検証」の分離設計を今から導入する
EBMの最大の利点は「生成と検証の統合」だが、現行のLLMでも「生成モデル」と「検証モデル」を分離して運用するアーキテクチャは構築可能だ。マルチエージェント検証、セマンティックエントロピーベースの不確実性推定、あるいは外部ファクトチェッカーの統合など、検証レイヤーを設計に組み込んでおくことで、将来のEBM統合への移行がスムーズになる。
3. NTT、富士通、ソフトバンクなど国内AI基盤企業の動向を注視する
日本のソブリンAI推進企業(NTT、富士通、ソフトバンクなど)がEBMやワールドモデルに関してどのような研究開発投資を行うかは、日本市場でのEBMエコシステム形成に直結する。これらの企業の発表やパートナーシップに注意を払うべきだ。
4. 「ハルシネーション・ゼロ」を前提としたユースケースを慎重に選定する
現時点でハルシネーション率をゼロにすることは、autoregressive LLMでもEBMでも実現されていない。AIに100%の正確性を要求するユースケース(例:医薬品の用量計算、法的助言の最終回答)は、AIの出力を人間が最終確認する「Human-in-the-loop」設計を維持すべきだ。EBMの進化を待っても、「Human-out-of-the-loop」への移行は慎重に判断する必要がある。
5. 社内AI人材のスキルアップを「次世代アーキテクチャ対応」に拡張する
プロンプトエンジニアリングに偏重したAI人材育成から、エネルギーベースモデル、ワールドモデル、拡散モデルなど次世代アーキテクチャの基礎を理解できる人材の育成にシフトすべきだ。LeCunの「A Path Towards Autonomous Machine Intelligence」論文は、その入門テキストとして最適だ。
まとめ:EBMはハルシネーション問題の「出口」となるか
Reddit r/MachineLearningで議論されている「Energy-Based Modelsはハルシネーション問題からの出口か」という問いに対する現時点での回答は、「完全な解決策ではないが、最も有望な構造的アプローチである」だ。
EBMが「出口」になりうる根拠
- 自己検証能力(エネルギー関数による内蔵的な品質評価)は、ハルシネーション対策を後付けではなく構造的に解決するアプローチ
- 動的な計算資源配分(System 2 Thinking)により、複雑な問題でのハルシネーションを低減
- 表現空間での予測により、不要な詳細の生成を回避し、本質的な意味の把握に集中
- EBT論文で実証された分布外データでの汎化性能向上は、ハルシネーションの主要原因(未知の入力への対応)を直接改善
- LeCunのAMI Labs設立により、基礎研究から商用化までの橋渡しが加速する見込み
「出口」に至るまでの課題
- テキスト生成領域での大規模な実証はまだ初期段階 ── V-JEPA 2やVL-JEPAの成功はビジョン中心
- 推論コストがautoregressive LLMより高い ── 商用環境での実用性はまだ検証途上
- 既存のAIインフラ(GPU最適化、デプロイメントツール等)はautoregressive transformerに最適化されており、エコシステムの移行コストが大きい
- ハイブリッドアプローチ(autoregressive + EBM検証)の研究はまだ始まったばかり
時間軸の見通し
| 時期 | 予想される展開 |
|---|---|
| 2026年後半 | AMI Labsの初期研究成果発表、EBTの大規模テキスト生成実験 |
| 2027年 | ハイブリッドアプローチ(LLM + EBM検証)の商用実装が登場。NRGPTのような融合モデルが実用化 |
| 2028年以降 | EBMネイティブの大規模言語モデルが登場する可能性。ワールドモデルとの統合が進む |
AI技術の歴史は、一つのアーキテクチャが突然すべてを置き換えるのではなく、新しいアプローチが既存技術と融合しながら段階的に進化するパターンを示してきた。EBMもその例外ではないだろう。
しかし、LeCunがMetaを去り35億ドルの評価額でAMI Labsを設立したこと、EBT論文がTransformer++を超えるスケーリング効率を実証したこと、そしてV-JEPA 2やVL-JEPAが実用レベルの成果を出し始めていることは、EBMが単なる研究上の好奇心ではなく、AI業界の次のメジャートレンドになりつつあることを強く示唆している。
ハルシネーション問題の「完全な出口」は、単一の技術的ブレークスルーではなく、アーキテクチャの革新、訓練手法の改善、そして運用設計の進化が組み合わさって初めて実現するものだろう。Energy-Based Modelsは、そのパズルの中で最も重要なピースの一つになる可能性が高い。
情報ソース
- Reddit r/MachineLearning: “[D] Is the move toward Energy-Based Models for reasoning a viable exit from the ‘hallucination’ trap of LLMs?” (86pt, 27 comments) ── r/MachineLearning
- Gladstone et al. (2025): “Energy-Based Transformers are Scalable Learners and Thinkers” ── arXiv:2507.02092、プロジェクトサイト
- LeCun, Y. (2022): “A Path Towards Autonomous Machine Intelligence” ── OpenReview、arXiv:2306.02572
- Meta AI (2025): “V-JEPA 2: Self-Supervised Video Models Enable Understanding, Prediction and Planning” ── ai.meta.com/vjepa
- Meta AI (2025): “VL-JEPA: Joint Embedding Predictive Architecture for Vision-language” ── arXiv:2512.10942
- TechCrunch (2025): “Meta’s chief AI scientist Yann LeCun reportedly plans to leave to build his own startup” ── techcrunch.com
- Fortune (2025): “Yann LeCun is targeting a $3.5 billion valuation for his new startup” ── fortune.com
- MIT Technology Review (2026): “Yann LeCun’s new venture is a contrarian bet against large language models” ── technologyreview.com
- DeepLearning.AI (2025): “Energy-Based Transformers (EBTs) Use Gradient Descent To Gradually Predict the Next Token” ── deeplearning.ai
- Duke University Libraries (2026): “It’s 2026. Why Are LLMs Still Hallucinating?” ── blogs.library.duke.edu
- Kezmann et al. (2024): “Cognitively Inspired Energy-Based World Models” ── arXiv:2406.08862
- BDTechTalks (2026): “Meta’s new VL-JEPA model shifts from generating tokens to predicting concepts” ── bdtechtalks.substack.com
佐藤 傑(さとう すぐる)
株式会社Uravation 代表取締役
早稲田大学在学中に株式会社Uravationを設立。生成AIの研修・開発事業を展開し、大手企業から自治体まで幅広いクライアントにAI導入支援を提供。AI技術の最前線と実務応用の両面から情報発信を行っている。

