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AI投資のROI、測り方が間違っている|Gartner提言「ポートフォリオ思考」

2026年3月、Foxit Softwareが衝撃的な調査結果を発表した。経営層の89%が「AIのおかげで生産性が上がった」と回答したにもかかわらず、AI出力の検証時間を差し引くと、実質的に増えた自由時間はわずか週16分。しかも現場の一般社員は逆に週14分を失っていた

これを聞いて「やっぱりAIなんて意味ないじゃないか」と思った方。ちょっと待ってほしい。問題はAIの性能ではない。測り方だ。

3月24日、Gartnerがシドニーで開催したFinance Symposium/Xpo 2026で、ある提言を出した。「CFOはAI投資のROIの捉え方を根本から変える必要がある」と。単一のROI指標で測るのをやめて、「ポートフォリオ」として管理せよ、というのがその骨子だ。

この記事では、直近1か月で出そろった主要調査データを突き合わせて、AI投資のROIを巡る「混乱の正体」と、その処方箋を整理する。100社以上のAI研修・導入支援の現場感覚も交えて、率直に書く。

80%の企業が「まだ効果なし」と答えた意味

2026年2月、全米経済研究所(NBER)がワーキングペーパー34836を公開した。米国・英国・ドイツ・オーストラリアの約6,000社の経営幹部を対象にした大規模調査だ。

結果はシンプルだった。80%以上の企業が「AIは雇用にも生産性にも目に見える影響を与えていない」と回答した

だが、この数字だけを見て「AIは使えない」と結論づけるのは早計だ。同じ調査の中で、経営幹部たちは今後3年間でAIが生産性を平均1.4%押し上げると予測している。雇用は0.7%減少すると見込んでいる。

共著者のグレゴリー・スウェイツ(ノッティンガム大学)はこう言い切る。「答えは『まだ』です。彼らは過去3年間よりも、今後3年間のほうが大きな効果があると期待している」。

ここが重要なポイントだ。80%という数字は「AIが使えない」証拠ではなく、「効果が出るまでにタイムラグがある」ことの証拠にすぎない。

大企業と中小企業で効果に差がある

NBER調査で見逃せないのは、企業規模による差だ。中堅以上の企業は中小企業に比べて明らかに強い生産性向上を報告している。理由は単純で、データ基盤が整っていて、専門人材がいて、ワークフローの再設計にリソースを割けるからだ。

さらに興味深いデータがある。従業員研修に投資した企業は、そうでない企業に比べてAIの生産性効果が5.9ポイント高い。つまりAIの効果を左右するのは、ツールの性能よりも「人の準備」だということだ。

AI導入の基本的な考え方や進め方については、AIエージェント導入完全ガイドで体系的にまとめているので参考にしてほしい。

経営層と現場の「体感格差」は構造的な問題

NBER調査だけでは見えない、もう一つの断層がある。経営層と現場社員の体感の乖離だ。

2026年2月の調査(5,000人のホワイトカラー対象)では、こんなデータが出ている。

回答者「AIで週4時間以上節約」「節約ゼロ」
C-Suite(経営幹部)76%
一般社員40%

経営層の4人に3人が「週4時間以上の節約」を実感しているのに、現場の4割は「ゼロ」と答えている。この断絶はなぜ生まれるのか。

CEOはAIを使っていない

スタンフォード大学の経済学者ニック・ブルーム氏が2026年3月に発表した調査は、この矛盾の核心を突いている。CEO・CFO・上級幹部の69%は、AIを業務で使う時間が週1時間未満。28%はまったく使っていない。

つまり、AI導入の意思決定をしている人たちの大半が、自分ではAIをろくに使っていない。彼らが語る「生産性向上」は、現場から上がってくるレポートや、ベンダーのデモで見た印象に基づいている可能性が高い。

一方、実際にAIを日常的に使っている現場の社員は、出力の検証作業に時間を取られ、ワークフローの再設計もされないまま「とりあえず使え」と言われている。そりゃ効果を感じないのは当然だ。

「怖くて効率化を見せられない」問題

もう一つ見逃せないのが、心理的な要因だ。AIで劇的に時間が短縮されたとしても、それを上司に報告すると「じゃあその分、別の仕事やって」か「人員削減してもいいよね?」と言われるリスクがある。

KPMGの2025年調査では、米国の経営幹部の47%が「生成AIにより雇用の安定性が低下する」と認識している。社員の側も41%が「成長機会が減る」と懸念している。こんな空気の中で「AIで3時間浮きました!」とは言いづらい。

研修の現場でも、参加者から「効率が上がっても、それを言ったら自分の仕事がなくなる気がする」という声を何度も聞く。これは技術の問題ではなく、組織文化の問題だ。

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Gartnerの処方箋:「ポートフォリオ思考」とは何か

話をGartnerの提言に戻そう。3月24日の発表で、Gartnerは明確なフレームワークを示した。

AI投資を「単一のROI」で測るのをやめて、投資ポートフォリオとして管理せよ。

Gartnerによると、AI施策には3つの「経済的アイデンティティ」がある。

カテゴリ内容期待リターンリスク
日常業務の効率化メール要約、議事録自動化、データ入力支援小(確実)
プロセス改善営業提案書の自動生成、カスタマーサポートの自動分類
変革的イニシアチブ新規事業モデルの構築、AIネイティブプロダクト開発大(不確実)

要するに、全部まとめて「AI投資のROIは?」と聞くこと自体がナンセンスだ、ということだ。メール要約と新規事業のAIプロダクト開発を同じ物差しで測れるわけがない。

CFOの自信のなさが物語ること

この提言の背景には、CFO側の深刻な悩みがある。Gartnerが2026年1-2月に実施した調査では、以下の数字が出ている。

  • 60%のCFOが2026年にAI投資を10%以上増やす計画
  • しかし「企業全体のAIインパクトを推進できる自信がある」CFOはわずか36%
  • 「財務部門でのAI活用を加速できる自信がある」CFOも44%にとどまる

投資は増やすが、自信はない。この矛盾がすべてを物語っている。投資を増やすのは競合が増やしているから。自信がないのは効果の測り方がわからないから。

Gartnerは「従来の財務的ROIだけでなく、無形のリターンやイノベーションリターンも含めたアウトカムベースの指標に移行せよ」と助言している。つまり、「いくら儲かったか」ではなく「何が変わったか」で測れ、ということだ。

「95%失敗」の内訳を正しく読む

ここまでの話と合わせて、よく引用される「失敗率」のデータも整理しておきたい。

調査元数字時期
MIT Project NANDAGenAIを導入した組織の95%が測定可能なリターンゼロ2025年7月
GartnerGenAIプロジェクトの50%以上がPoC段階で頓挫2025年末時点
Gartner2026年末までにAIプロジェクトの60%がデータ未整備で中止予測

数字だけ見ると絶望的に見えるが、MIT報告書は重要な注釈をつけている。失敗の原因はモデルの性能ではなく、データの準備不足、ワークフローへの統合不良、そしてゴール設定の曖昧さだ

正直、これは研修やコンサルの現場でも毎回のように目にする。「まずChatGPTを入れてみよう」から始まるプロジェクトは、ほぼ確実に「使ってる人と使ってない人がいる」で終わる。ツールを導入する前に「どの業務の、どの工程を、どう変えるか」を決めていないからだ。

以前シャドーAIの実態と対策でも書いたが、現場は「勝手にAIを使い始める」。その動きを潰すのではなく、正しくガバナンスに組み込む仕組みが必要だ。

じゃあ、どうすればいいのか

ここからは、Gartnerのポートフォリオ思考に、研修現場のリアルを掛け合わせた私見を述べる。

1. 「まず小さく、確実に」の順番を間違えない

ポートフォリオの配分として、まず「日常業務の効率化」で確実な勝ちパターンを作る。メール要約、議事録作成、データ整理。派手ではないが、全員が毎日使う業務だから効果が可視化しやすい。

ここで重要なのは「使用率」を追跡すること。ツールを導入しても使われなければ意味がない。週次で利用率を計測して、使われていないなら原因を探る。大抵は「使い方がわからない」か「既存のやり方で間に合っている」のどちらかだ。

2. ROIの定義を3層に分ける

Gartnerの「アウトカムベース指標」を実務に落とし込むと、こうなる。

指標測定方法
第1層:コスト削減作業時間の短縮、人件費の効率化タイムトラッキングの事前・事後比較
第2層:品質向上エラー率の低下、顧客満足度の改善品質指標のモニタリング
第3層:戦略的価値新規事業の創出、意思決定速度の改善定性評価 + 売上貢献の追跡

第1層だけで判断するから「16分しか増えていない」という話になる。第2層・第3層まで含めて評価すれば、見える景色は変わる。ただし第3層は測定が難しく、時間もかかる。だからポートフォリオなのだ。

3. 経営層自身がAIを使う

ニック・ブルームの調査が示す通り、意思決定者の7割がAIを週1時間も使っていない。これでは正しい投資判断ができるわけがない。

まず経営層自身が日常業務でAIを使い、「何ができて、何ができないか」を体感すること。研修では「経営層向けの90分ハンズオン」を最初にやることが多いが、これだけで議論の質が劇的に変わる。

4. 「失敗を前提にした予算」を組む

ポートフォリオ思考の核心は、「全部成功する前提で予算を組まない」ことだ。変革的イニシアチブの成功率が5-10%なら、最初から10本試して1本当たればOKという設計にする。

逆に、日常効率化の施策で「失敗率50%」は許容できない。カテゴリごとに求める成功率と投資額を明確に分けること。

5. 研修は「使い方」ではなく「業務設計」を教える

NBER調査の最重要ファインディングは「研修投資で生産性効果が5.9ポイント上がる」だ。ただし、ここで言う研修は「ChatGPTの使い方講座」ではない。

効果が出るのは、自分の業務の中でAIが代替できる工程を特定し、ワークフローを再設計する研修だ。「プロンプトの書き方」は入口にすぎない。本丸は「業務プロセスの分解と再構築」。

MIT Sloanの「J字回復」に賭けられるか

最後に、少し長い目線の話をしておきたい。

MIT Sloanが2025年7月に発表した製造業の調査では、AI導入後に生産性が一時的に下がることが確認されている。レガシーシステムとの統合、データ基盤の整備、社員のトレーニング——これらの「調整コスト」が初期には重くのしかかる。

だが、その調整期間を超えた企業は、より強い成長軌道に乗る。いわゆる「J字回復」だ。

NBER調査で80%が「まだ効果なし」と答えたのは、多くの企業がまだこのJ字の底にいるからだと解釈できる。問題は「効果がない」ことではなく、「底にいる間に投資を止めてしまう」ことだ。

GartnerのCFO調査で「自信がある」と答えた割合が36%にとどまっている理由もここにある。J字の底にいるときに「これでいいのか?」と不安になるのは当然だ。だからこそポートフォリオ思考が必要になる。確実にリターンが出る施策で短期の成果を見せながら、長期の変革的施策に投資を続ける。

筆者の結論

AI投資のROI問題は、AIの問題ではなくマネジメントの問題だ。

テクノロジーは十分に成熟してきた。2年前と比べれば、モデルの精度も速度もコストも劇的に改善されている。それでも「効果が出ない」なら、原因はほぼ確実に以下の3つのどれかだ。

  1. ゴールが曖昧——「AI活用を推進する」は目標ではない。「営業部門の提案書作成を月40時間削減する」が目標
  2. 測り方が雑——「ROIは?」と一括で聞くのではなく、施策ごとにカテゴリ分けして評価する
  3. 人の準備が足りない——ツールだけ入れてもワークフローが変わらなければ、追加作業が増えるだけ

Gartnerの「ポートフォリオ思考」は、この3つの問題に対する合理的な処方箋だと思う。全額を変革的プロジェクトに賭けるのでもなく、小さな効率化だけで終わるのでもなく、リスクとリターンのバランスを取りながら、学習を積み重ねる

80%の企業がまだ効果を実感できていない今、最悪の選択は「やっぱりAIは意味なかった」と投資を止めることだ。J字の底で諦めた企業は、回復局面で競合に大きく差をつけられる。

もちろん、闇雲に投資を続けるのも危険だ。だからこそ、Gartnerが言う通り、投資を「ポートフォリオ」として管理し、カテゴリごとに異なる時間軸と成功基準を設定する必要がある。

筆者も判断がつかない部分はある。「J字回復にどれくらいの期間がかかるか」は業界・企業規模・既存のデジタル成熟度によって大きく異なり、一般化は難しい。ただ、NBER調査の回答者たちが「3年後には効果が出る」と見込んでいることは、一つの目安にはなるだろう。


参考・出典


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この記事はUravation編集部がお届けしました。

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佐藤傑
この記事を書いた人 佐藤傑

株式会社Uravation代表取締役。早稲田大学法学部在学中に生成AIの可能性に魅了され、X(旧Twitter)で活用法を発信(@SuguruKun_ai、フォロワー10万人超)。100社以上の企業向けAI研修・導入支援を展開。著書累計3万部突破。SoftBank IT連載7回執筆(NewsPicks最大1,125ピックス)。

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