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なぜKlarnaはAI導入を撤回したのか|6000万ドル節約の代償

なぜKlarnaはAI導入を撤回したのか

2024年、スウェーデンのフィンテック企業Klarnaは「AIカスタマーサービスの成功例」として世界中のメディアに取り上げられた。AIアシスタントが700人分の仕事をこなし、6,000万ドル(約90億円)のコスト削減を達成。従業員を半分にしながら、1人あたり売上を3.6倍に伸ばした。

ところが2025年半ば、CEOのセバスチャン・シーミアトコフスキは「行きすぎた」と認め、人間の再雇用を開始する。世界で最も注目されたAI導入実験が、なぜ方針転換に至ったのか。

この記事では、Klarnaの3年間にわたるAI導入の全記録を時系列で整理し、日本企業がカスタマーサービスAI導入で同じ過ちを避けるための具体的なポイントをまとめた。


そもそもKlarnaのAI戦略とは何だったのか

Klarnaは「後払い決済(Buy Now, Pay Later)」サービスを展開するスウェーデン発のフィンテック企業で、世界45カ国で1億5,000万人以上のユーザーを抱える。2025年9月にはニューヨーク証券取引所に上場し、時価総額は約150億ドルに達した。

同社のAI戦略は2022年にスタートした。当時5,527人いた従業員を、自然減(退職者を補充しない方針)によって段階的に削減。代わりにOpenAIとの提携によるAIアシスタントを全面導入した。

このAIアシスタントは、カスタマーサービスのチャット対応に投入され、以下の成果を上げたと発表されている。

指標導入前AI導入後変化
チャット対応の平均解決時間11分2分未満82%短縮
自己解決率75%
リピート問い合わせ25%減少
月間対応件数(初月)230万件700人分相当
1件あたり対応コスト$15$287%削減

数字だけ見れば、圧倒的な成功に見える。CEOのシーミアトコフスキ自身も「AIは我々人間の仕事すべてをこなせる。私の仕事も含めて」と公言していた。

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何がうまくいかなくなったのか

問題が表面化したのは2025年前半だった。

顧客からの不満が急増した。AI対応の品質に関するクレームが相次ぎ、特に以下の3つのパターンが繰り返し報告された。

1. 複雑な問題への対応不全

返品トラブル、二重請求、アカウントの不正利用といった込み入った問題に対して、AIは定型的な回答をループさせるだけだった。顧客は同じ説明を何度も繰り返す羽目になり、結局解決しないまま離脱するケースが増えた。

2. 共感の完全な欠如

技術的には正しくても、感情的にはゼロ。不正利用の被害に遭って不安な顧客に「お手続き方法をご案内します」と機械的に返すだけでは、信頼は築けない。シーミアトコフスキ自身が後に「AIには”共感のギャップ(empathetic gap)”がある」と認めている。

3. AIから人間への引き継ぎの断絶

AIが対応しきれないケースを人間エージェントに引き継ぐ際、会話の文脈が引き継がれなかった。顧客は一から説明し直す必要があり、むしろ対応時間が長くなるケースもあった。

さらに厄介だったのは、財務数値が「成功」を示していた点だ。コスト削減は達成し、1人あたり売上は2022年の30万ドルから2025年Q4には124万ドルへと3.6倍に跳ね上がった。経営陣は数字に安心し、顧客体験の劣化への対応が遅れた。

「行きすぎた」とCEOが認めた瞬間

2025年半ば、シーミアトコフスキは方針転換を表明する。

「我々は行きすぎた(We went too far)。効率とコストを追求するあまり、サービスの質を落としてしまった。AIの能力を過大評価し、サービス提供における人間的な側面を過小評価していた」

— セバスチャン・シーミアトコフスキ, Klarna CEO

2026年2月のCharter社主催「Leading with AI Summit」では、さらに踏み込んだ発言をしている。

「人間のサポートを提供することは、今後”VIP待遇”になる。AIは単純な問い合わせを処理し、人間をサポートする役割に回す。そして顧客には、必ず人間と話せる選択肢を用意する」

この発言が象徴するのは、「AI vs 人間」という二者択一から「AI × 人間」というハイブリッドモデルへの明確なシフトだ。

よくある誤解: 「KlarnaのAI導入は失敗だった」

Klarnaの事例を「AI導入は失敗」と読み取るのは、正確ではない。整理しておこう。

誤解1: AIのコスト削減効果は嘘だった

これは事実と異なる。6,000万ドルのコスト削減は実際に達成された。1件あたりの対応コストが$15から$2に下がったのも事実だ。問題は、その裏で顧客体験が劣化していたこと。つまりコスト削減自体は成功だが、「コスト削減=成功」と定義したこと自体が間違いだった。

誤解2: AIはカスタマーサービスに向いていない

Klarnaの事例が示したのは、むしろ逆だ。「単純な問い合わせ」の処理においてAIは人間を圧倒する。解決時間82%短縮、自己解決率75%は本物の成果。向いていないのは「複雑・感情的・判断を要する問い合わせ」への単独対応であって、AIそのものが不向きなわけではない。

誤解3: 結局、人間を戻せば解決する

単に人間を再雇用すれば元に戻るわけではない。Klarnaが採用した新しいアプローチは、従来のコールセンターモデルとは根本的に異なる。同社は「自社の熱狂的ファンである顧客」をリモートの柔軟なサポートスタッフとして雇うという、Uberライクな新モデルを導入している。

Klarnaが選んだ「ハイブリッドモデル」の中身

方針転換後のKlarnaが構築しているモデルは、3つの層で構成される。

第1層: AI自律対応(全体の60-70%)

FAQ、注文状況の確認、簡単な返品手続きなど、定型的な問い合わせはAIが自律処理する。ここは引き続きAIの独壇場だ。24時間対応、即座の回答、多言語対応という強みを活かす。

第2層: AI支援の人間対応(全体の20-25%)

やや複雑な問い合わせには、AIがリアルタイムで情報を提示しながら人間のエージェントが対応する。AIは過去の対応履歴の要約、関連するナレッジベースの記事、回答の下書きを提供する。人間はそれを判断材料にして、顧客に寄り添った対応を行う。

第3層: 人間の専門対応(全体の5-10%)

不正利用、深刻なトラブル、法的な問題を含むケースは、完全に人間が担当する。ここでKlarnaが導入したのが「ファン採用」モデル。自社のヘビーユーザーをリモートの契約スタッフとして採用し、1日数時間の柔軟なシフトで対応させる。

シーミアトコフスキは「彼らはKlarnaを愛している。サービスの仕組みを理解している。だから対応の質がまるで違う」と語っている。

Gartnerも警告: 「AIでコスト削減した企業の半数は2027年までに再雇用する」

Klarnaの事例は孤立したものではない。Gartnerは2026年2月に、注目すべき一連の予測を発表している。

  • 91%のカスタマーサービスリーダーが、2026年にAI導入の圧力を受けている(Gartner, 2026年2月
  • AIによるカスタマーサービス人員を削減した企業の半数は2027年までに再雇用するGartner, 2026年2月
  • 2030年までに、生成AIの1件あたり解決コストはオフショアの人間エージェントのコストを超える可能性がある(Gartner, 2026年1月
  • 80%の組織が、エージェントの少なくとも一部を新しい役割に移行させる計画(Gartner, 2025年12月

特に3つ目の予測は衝撃的だ。コスト削減のためにAIを導入したはずが、長期的にはむしろ割高になる可能性がある。Gartnerは「コスト削減から価値創造へのシフト」を明確に推奨している。

日本企業がKlarnaから学ぶべき5つのポイント

Klarnaの経験を踏まえて、AIカスタマーサービスを導入・検討中の日本企業が確認すべきポイントを整理する。

1. 「削減額」ではなく「顧客体験スコア」をKPIにする

Klarnaが見落としたのは、コスト削減の数字に目を奪われて顧客満足度の変化を軽視したこと。AI導入のKPIに「削減額」だけでなく、NPS(ネットプロモータースコア)、CSAT(顧客満足度スコア)、リピート問い合わせ率を必ず含める。数字が改善しても顧客が離れたら意味がない。

2. 「人間に戻す」導線を最初から設計する

AIの自律対応に失敗したとき、スムーズに人間に引き継ぐ仕組みがなければ、顧客の不満は倍増する。会話の文脈を保持したまま人間エージェントに引き継ぐ設計を、導入初日から組み込むこと。後付けは困難だ。

3. 段階的に広げる:まず「問い合わせの30%」から

Klarnaはチャット対応の3分の2をいきなりAIに移行した。日本企業が同じことをやる必要はない。まずFAQ対応や注文状況確認など、最も定型的な30%をAIに任せ、顧客満足度に影響がないことを確認してから範囲を広げる。

4. AIを「エージェント支援ツール」として使う選択肢

顧客対応を完全にAIに任せるのではなく、人間のオペレーターを支援するツールとしてAIを使う方が、リスクが低く効果も高い。過去の対応履歴の要約、回答案の自動生成、関連FAQのリアルタイム表示。これだけでもオペレーターの生産性は大きく向上する。

5. 「感情労働」を代替できるかを冷静に見極める

カスタマーサービスの本質は「問題解決」だけではない。不安を和らげ、信頼を回復し、「この会社は自分のことを理解している」と感じてもらう「感情労働」が含まれる。現時点のAIには、この領域を代替する能力がない。ここを見誤ると、Klarnaと同じ道を辿ることになる。

結局どうすればいいのか

Klarnaの3年間が証明したのは、「AIは万能ではないが、正しく使えば強力」という、当たり前だが軽視されがちな事実だ。

同社は現在、以下の方針で立て直しを図っている。

  • 単純な問い合わせ → AIが自律処理
  • やや複雑な問い合わせ → AIが人間を支援
  • 複雑・感情的な問い合わせ → 人間が主導(AIはバックエンドで補助)

興味深いのは、シーミアトコフスキがAI推進をやめたわけではないことだ。2026年2月のサミットでは、自ら表計算データをCursor(AIコーディングツール)に投入してリアルタイムでダッシュボードを構築し、「全員、Cursorをダウンロードしてほしい。ライセンスを買って、プロジェクトを作って、何かビルドしてみてください。それをやらない限り、これから起きる変化の大きさは実感できない」と社員に語っている。

AI導入で成功する企業と失敗する企業の分かれ道は、「AIを入れるか入れないか」ではない。「人間がやるべき仕事」と「AIがやるべき仕事」の線引きを、顧客の視点から引けるかどうかだ。

Klarnaは、その線引きを間違えたことに気づき、修正した。90億円の授業料は高くついたが、この教訓から学べる日本企業にとっては、はるかに安い投資になるはずだ。


参考・出典


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佐藤傑(さとう・すぐる)
株式会社Uravation代表取締役。早稲田大学法学部在学中に生成AIの可能性に魅了され、X(旧Twitter)で活用法を発信(@SuguruKun_ai、フォロワー10万人超)。100社以上の企業向けAI研修・導入支援を展開。著書累計3万部突破。SoftBank IT連載7回執筆(NewsPicks最大1,125ピックス)。

佐藤傑
この記事を書いた人 佐藤傑

株式会社Uravation代表取締役。早稲田大学法学部在学中に生成AIの可能性に魅了され、X(旧Twitter)で活用法を発信(@SuguruKun_ai、フォロワー10万人超)。100社以上の企業向けAI研修・導入支援を展開。著書累計3万部突破。SoftBank IT連載7回執筆(NewsPicks最大1,125ピックス)。

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